15 あずさ 10.10 「私なら、離れません」
- 2014/10/10
- 22:44
車窓を流れる景色は、さっきから代わり映えしない田園風景が続いている。
のどかで牧歌的な、といえば聞こえはいいが、要するに都会から片道一時間の手頃な田舎に過ぎない。農業のほかに、近場の都会から呼び込む観光客で潤おうとしている町。
だが、温泉はたしかにいい湯だった。ありきたりの大浴槽だけではなく、さまざまな施設があって楽しめるようになっていた。総じて今度の日帰り旅行は満足といえるだろう。
そしてなんといってもいちばんのイベントは、飼っている性奴隷の露出デビューであった。薄い白水着の姿を男たちの前に晒したあずさの恥ずかしがりようといったら……。
そのあずさは、さっきから僕にぴったりと寄り添い、傾けた頭を肩に押し付けたままだ。窓の外に流れる田園風景に目をやろうともせず、じっと黙りこくっている。
垂れた前髪から覗く瞳は、どこか虚ろだ。日帰り旅行からの帰りという現状ではなく、自分の心の中で渦巻く何かに意識を囚われているようだった。
びくん。
寄り添っているあずさの体が、いきなり震えた。押し付けている柔らかな二の腕から、怯えや羞恥といった感情が伝わってくる。
「思い出しちゃった?」
僕の腕を掴んでいる小さな手に、ぎゅっと力がこもった。
肩の上で、黒髪が小さく頷く。赤い唇がためらいがちに開く。
「電車に乗る前からずっとでしたけど……」
「いちばん恥ずかしいことが甦ってきちゃった?」
こくり、とあずさは頷く。さっきの痙攣とは違う小刻みな震えが、またぶるぶると伝わってくる。
内なる官能に身を震わす、という表現があるが、それをこの娘はいま体現しているようなものだ。
もうとっくに恥ずかしいことは終わって、きちんと服を着て日常へ戻ろうとしているのに、心は強烈な記憶に支配されたままで、体がそれに反応してしまっているのだ。
ぴったりと体を寄り添わせているあずさを、僕は小さな頭の上から、まじまじと見下ろす。
この若々しい体が、混浴温泉場で薄い水着一枚になったのだ。裏地を切り取った白い水着は簡単に湯に透け、近くで見ると乳頭もアンダーヘアも丸わかりだった。
あずさは入浴中ずっと、体を丸めるようにして、腕と脚で水着の前を隠していた。どうしても移動しなければならないときは、タオルでさりげなく前を覆いながら。
きっと、おかしな娘だと周りからは思われていたに違いない。いくら隠しても隙間からちらりと見えることがあるので、驚いた人もいたはずだ。
火照る体と顔を真っ赤にし、恥辱にまみれながら、それでもこの娘は最後まで気丈だった。帰りたいとは一度も言わなかったのだ。
大浴場を出るときにふらふらになっていたのは、のぼせたせいもあるが、おそらくほっとしたのだろう。
そんなあずさの体温を感じながら、僕はいま込み上げる愛しさを感じている。
どんなに恥ずかしくても僕の命令をきくこの娘が、もう手放せないほどに大切な存在になっていた。
ぴたりとくっついてくる小柄な体を抱き寄せ、つややかに光の輪ができている頭頂部を見下ろしているうちに、僕はふと、この間考えたことを思い出した。
黒髪から覗くこの娘のうなじは、本当にきれいで色っぽい。
この娘が僕の所有物であることを示す刻印を刻むのは、やはりここしかないだろう……。
ゆっくりと、僕にもたれている頭を撫でた。
「あずさは本当に、良い奴隷になったね」
「……うれしいです」
指をスーッと降ろし、後ろ髪を掻き分けて、うなじにふれる。
「ここに刻印してあげるよ」
僕の体に、ぎゅっと圧力が掛かった。
あずさが抱きついてきたのだ。
「……うれしいです。とても」
「ずっと消えないよ。いいかい?」
「はい、私はずっとご主人さまのものですから」
健気だ。この娘を性奴隷にしてほんとうに良かった。
ぴったりと僕の胸に押し付けていた顔が上がる。
「あの……なんて刻印してくださるんですか?」
「数字だよ」
「数字?」
僕の意図をあずさに伝えた。
飼っている性奴隷にはそれぞれ、順番に番号を振るのだと。
いま僕の側にいるのはあずさだけだ。
「あずさは「2」になる」
形の良い眉が、ぴくりと上がった。疑心暗鬼の瞳が僕を見つめる。
「『1』の娘がいるんですね……私の他に?」
こんな愛らしい娘が、嫉妬に狂うと、こんな顔をするのか。
「いや、『1』の娘はもういないよ。欠番だ」
事情を説明すると、あずさの目は嫉妬から探求のそれに変わった。
「1の娘は、どんな娘だったんですか? どうしていなくなったんですか?」
僕の調教を受けているときでさえ知上品さを隠せなかったこの知的なお嬢さまが、いまはひたむきな目をしていた。それだけ真剣なのだ。
いままでもそのことが話題に紛れ込むことがなくはなかったが、そのたびにいつも話はしぼんで消えた、過去のことだから、と二人に暗黙の了解があったのだ。
だが、いまのこの娘をはぐらすことはできないだろう。僕も自分のしてきたことと、これからのことを、改めて再認識しなければならない。
飼っている性格奴隷と、真剣に向き合うということに。
遥のことを、僕はあずさに話した。
誇張も脚色も交えず、苦笑すらせず、淡々と事実だけを。
彼女が僕の前から去っていったくだりでは、胸が締め付けられそうになった。
あのことはいまだに僕の胸に後悔となって刻まれている。初めて得た性奴隷の女の子を失ったときの痛みは、おそらく永遠に消えることはないだろう。
あずさは聴いているあいだずっと、無表情だった。ひと言も口を挟まず、ただ僕の言葉に耳を傾けている。おそらく心の中では嵐が渦巻いているだろうに。
一見おっとりとしたこの上品なお嬢さまの芯の強さというものを、僕は初めて知った気がした。
聞き終えて、あずさはしばらく無言だった。郊外から都心へと戻る電車のがたんごとんという音だけが、寄り添った僕たちの間に流れる。
窓の外は、めったに見ることのない田園風景が広がっていた。秋が深まる中、青空の下に広がる黄金色の稲穂がきれいだった。
「私は──」
不意に、あずさの唇が開いた。
「私は、離れません」
静かだが、強い意志を持った瞳が、僕を見上げた。
「私ならどんなことがあっても、絶対にご主人さまの側を離れたりしません。だから、ずっと側においてください」
「あずさ……」
僕は彼女をぎゅっと抱きしめた。あまり人けのない電車の中だが、はす向かいに座る中年男性が慌てて顔を背けるのがわかった。
愛しい。この娘が本当に愛しい。
がたん、ごとん、と鳴る電車の音を聞きながら、僕たちはずっと抱き合っていた。
(16へ続く)
のどかで牧歌的な、といえば聞こえはいいが、要するに都会から片道一時間の手頃な田舎に過ぎない。農業のほかに、近場の都会から呼び込む観光客で潤おうとしている町。
だが、温泉はたしかにいい湯だった。ありきたりの大浴槽だけではなく、さまざまな施設があって楽しめるようになっていた。総じて今度の日帰り旅行は満足といえるだろう。
そしてなんといってもいちばんのイベントは、飼っている性奴隷の露出デビューであった。薄い白水着の姿を男たちの前に晒したあずさの恥ずかしがりようといったら……。
そのあずさは、さっきから僕にぴったりと寄り添い、傾けた頭を肩に押し付けたままだ。窓の外に流れる田園風景に目をやろうともせず、じっと黙りこくっている。
垂れた前髪から覗く瞳は、どこか虚ろだ。日帰り旅行からの帰りという現状ではなく、自分の心の中で渦巻く何かに意識を囚われているようだった。
びくん。
寄り添っているあずさの体が、いきなり震えた。押し付けている柔らかな二の腕から、怯えや羞恥といった感情が伝わってくる。
「思い出しちゃった?」
僕の腕を掴んでいる小さな手に、ぎゅっと力がこもった。
肩の上で、黒髪が小さく頷く。赤い唇がためらいがちに開く。
「電車に乗る前からずっとでしたけど……」
「いちばん恥ずかしいことが甦ってきちゃった?」
こくり、とあずさは頷く。さっきの痙攣とは違う小刻みな震えが、またぶるぶると伝わってくる。
内なる官能に身を震わす、という表現があるが、それをこの娘はいま体現しているようなものだ。
もうとっくに恥ずかしいことは終わって、きちんと服を着て日常へ戻ろうとしているのに、心は強烈な記憶に支配されたままで、体がそれに反応してしまっているのだ。
ぴったりと体を寄り添わせているあずさを、僕は小さな頭の上から、まじまじと見下ろす。
この若々しい体が、混浴温泉場で薄い水着一枚になったのだ。裏地を切り取った白い水着は簡単に湯に透け、近くで見ると乳頭もアンダーヘアも丸わかりだった。
あずさは入浴中ずっと、体を丸めるようにして、腕と脚で水着の前を隠していた。どうしても移動しなければならないときは、タオルでさりげなく前を覆いながら。
きっと、おかしな娘だと周りからは思われていたに違いない。いくら隠しても隙間からちらりと見えることがあるので、驚いた人もいたはずだ。
火照る体と顔を真っ赤にし、恥辱にまみれながら、それでもこの娘は最後まで気丈だった。帰りたいとは一度も言わなかったのだ。
大浴場を出るときにふらふらになっていたのは、のぼせたせいもあるが、おそらくほっとしたのだろう。
そんなあずさの体温を感じながら、僕はいま込み上げる愛しさを感じている。
どんなに恥ずかしくても僕の命令をきくこの娘が、もう手放せないほどに大切な存在になっていた。
ぴたりとくっついてくる小柄な体を抱き寄せ、つややかに光の輪ができている頭頂部を見下ろしているうちに、僕はふと、この間考えたことを思い出した。
黒髪から覗くこの娘のうなじは、本当にきれいで色っぽい。
この娘が僕の所有物であることを示す刻印を刻むのは、やはりここしかないだろう……。
ゆっくりと、僕にもたれている頭を撫でた。
「あずさは本当に、良い奴隷になったね」
「……うれしいです」
指をスーッと降ろし、後ろ髪を掻き分けて、うなじにふれる。
「ここに刻印してあげるよ」
僕の体に、ぎゅっと圧力が掛かった。
あずさが抱きついてきたのだ。
「……うれしいです。とても」
「ずっと消えないよ。いいかい?」
「はい、私はずっとご主人さまのものですから」
健気だ。この娘を性奴隷にしてほんとうに良かった。
ぴったりと僕の胸に押し付けていた顔が上がる。
「あの……なんて刻印してくださるんですか?」
「数字だよ」
「数字?」
僕の意図をあずさに伝えた。
飼っている性奴隷にはそれぞれ、順番に番号を振るのだと。
いま僕の側にいるのはあずさだけだ。
「あずさは「2」になる」
形の良い眉が、ぴくりと上がった。疑心暗鬼の瞳が僕を見つめる。
「『1』の娘がいるんですね……私の他に?」
こんな愛らしい娘が、嫉妬に狂うと、こんな顔をするのか。
「いや、『1』の娘はもういないよ。欠番だ」
事情を説明すると、あずさの目は嫉妬から探求のそれに変わった。
「1の娘は、どんな娘だったんですか? どうしていなくなったんですか?」
僕の調教を受けているときでさえ知上品さを隠せなかったこの知的なお嬢さまが、いまはひたむきな目をしていた。それだけ真剣なのだ。
いままでもそのことが話題に紛れ込むことがなくはなかったが、そのたびにいつも話はしぼんで消えた、過去のことだから、と二人に暗黙の了解があったのだ。
だが、いまのこの娘をはぐらすことはできないだろう。僕も自分のしてきたことと、これからのことを、改めて再認識しなければならない。
飼っている性格奴隷と、真剣に向き合うということに。
遥のことを、僕はあずさに話した。
誇張も脚色も交えず、苦笑すらせず、淡々と事実だけを。
彼女が僕の前から去っていったくだりでは、胸が締め付けられそうになった。
あのことはいまだに僕の胸に後悔となって刻まれている。初めて得た性奴隷の女の子を失ったときの痛みは、おそらく永遠に消えることはないだろう。
あずさは聴いているあいだずっと、無表情だった。ひと言も口を挟まず、ただ僕の言葉に耳を傾けている。おそらく心の中では嵐が渦巻いているだろうに。
一見おっとりとしたこの上品なお嬢さまの芯の強さというものを、僕は初めて知った気がした。
聞き終えて、あずさはしばらく無言だった。郊外から都心へと戻る電車のがたんごとんという音だけが、寄り添った僕たちの間に流れる。
窓の外は、めったに見ることのない田園風景が広がっていた。秋が深まる中、青空の下に広がる黄金色の稲穂がきれいだった。
「私は──」
不意に、あずさの唇が開いた。
「私は、離れません」
静かだが、強い意志を持った瞳が、僕を見上げた。
「私ならどんなことがあっても、絶対にご主人さまの側を離れたりしません。だから、ずっと側においてください」
「あずさ……」
僕は彼女をぎゅっと抱きしめた。あまり人けのない電車の中だが、はす向かいに座る中年男性が慌てて顔を背けるのがわかった。
愛しい。この娘が本当に愛しい。
がたん、ごとん、と鳴る電車の音を聞きながら、僕たちはずっと抱き合っていた。
(16へ続く)